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プレスリリース

バクテリア細胞質の全原子分子動力学計算

スーパーコンピュータ「京」で複雑な構造と運動を明らかに

2016年11月2日

細胞内の細胞質は体積の約70%が水で占められています。残りの30%は、タンパク質合成を担うリボソーム、タンパク質の折り畳みを行うシャペロニンなどの超分子、タンパク質やRNAなどの生体高分子、アデノシン三リン酸(ATP)やアミノ酸などの代謝物、イオンで占められています。このような込み合った環境での生体分子の構造、動態、機能発現のメカニズムは、実験的にも理論的にも解明が難しく、原子・分子レベルの解像度では十分に理解されていませんでした。また従来の理論では、生体分子が互いを空間的に押しのける効果が支配的で、蛋白質などはコンパクトに折り畳まれた立体構造が優位になると予測していました。しかし、生きた細胞における生体分子の核磁気共鳴(NMR)計測ができる最新の手法で観測したところ、ほどけた立体構造のほうが優位になるタンパク質があることが明らかになりました。

今回、理研を中心とした国際共同研究グループは、全長400ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)という世界最小のバクテリアであるマイコプラズマ・ジェニタリウムの細胞質に含まれるほとんどの分子構造を原子レベルで構築(モデリング)し、世界最大級かつ最高解像度の細胞質モデルを作成しました。このモデルには約1億個の原子が含まれています。また、理研で開発した超並列分子動力学計算ソフトウェア「GENESIS」をスーパーコンピュータ「京」上で大規模に利用することによって、細胞質モデルに含まれる原子一つ一つの動きを再現しました。

さらに、得られたビッグデータを詳しく解析したところ、隣接する生体高分子との相互作用によってタンパク質の構造が変化する過程の詳細が明らかになりました。また、ATPやアミノ酸などの代謝物はタンパク質の表面をなぞるように拡散し、タンパク質の活性部位などでの分布状態が、試験管内のような希薄溶液環境下と比べて大きく異なることが分かりました。さらに、タンパク質同士の相互作用だけではなく、さまざまな代謝物による静電的な相互作用が酵素の立体構造や反応性に大きな影響を与えている可能性が示されました。

本研究を通じて得られた発見や培われた計算技法は、今後、細胞環境を考慮したより高精度の創薬プロセスの基盤としての活用が期待できます。


  1. Isseki Yu, Takaharu Mori, Tadashi Ando, Ryuhei Harada, Jaewoon Jung, Yuji Sugita, Michael Feig, "Biomolecular interactions modulate macromolecular structure and dynamics in atomistic model of a bacterial cytoplasm", eLife, DOI: 10.7554/eLife.19274