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QBiCのこだわり

老化する赤血球のシミュレーション

細胞の表面の「しみ」は、細胞の老化の兆候かもしれない。 QBICの研究者たちは老化した赤血球にみられるタンパク質の偏った局在のメカニズムを明かにした。
2015年10月20日
赤血球のシミュレーション

老化した赤血球に見られるバンド3タンパク質の凝集(左)とシミュレーションによる再現(右)

私たちの細胞のほとんどは、古くなった細胞の中身(タンパク質や代謝物)を新しいものと入れ替えることによって、その機能を維持し続けることができる。一方、赤血球は酸素を運ぶという機能を最大化するため、タンパク質合成機構を欠いているので、古くなった機能分子を細胞内で再生することはできない。その代わりに、私たちの体は、古くなった赤血球を血流から除去し、新鮮な赤血球を供給することにより、血液全体を健全な状態に保っている。赤血球は酸化ストレスにより徐々に老化し、ヒトの場合、その寿命は約120日である。ある種の遺伝的因子を持つひとは赤血球の寿命が短いことも知られており、赤血球の寿命を左右する分子機序が研究の焦点となっている。

これまで赤血球の老化に伴い、明確な代謝物量や酵素活性の変化は観察されていない。一方、老化した赤血球の表面上にはバンド3と呼ばれるタンパク質の斑状の集積が見られ、これが赤血球の除去を促すと考えられている。バンド3は赤血球表面にある主要な膜タンパク質の一つである。しかし、バンド3のこうした集積がどのようにして起きているのか、その詳細はわかっていなかった。

QBiC生化学シミュレーション研究チームの下英恵(しも・はなえ)らはバンド3の集積をコンピューターシミュレーションによって再現することを目指した。同チームのサティア・アージュナンによって開発されたシミュレーションプログラムSpatiocyteは細胞膜上や細胞内でランダムに起こる分子の拡散を分子一つ一つの動きとしてシミュレーションすることができる。この分子拡散のモデルと細胞内の抗酸化物質代謝の生化学モデルとを組み合わせることで、酸化ストレス下で起こる赤血球表面上でのバンド3の集積の時間変化を再現し、視覚的に追うことに成功した。また、遺伝的要因が代謝経路または分子の拡散に影響する場合、バンド3の集積にも影響が出ることを示すことができた。したがってこのシミュレーションは、様々な遺伝的条件の下でのバンド3の集積の時間変化、そして、赤血球の寿命を予測するための有用な手法になるだろう。

また、下は、これらの研究から得られる知見は血液の長期的な保存や, 貧血症状を招く先天性異常をもつ患者の病態予測にも役立つと期待している。本研究結果はPLoS Computational Biology に掲載された[1]。
(文:川野武弘)
  1. Shimo, H., Arjunan, S. N. V., Machiyama, H., Nishino, T., et al. "Particle Simulation of Oxidation Induced Band 3 Clustering in Human Erythrocytes" PLoS Comput. Biol. 11, e1004210 (2015) doi:10.1371/journal.pcbi.1004210