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research highlight

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量子ドット:細胞内の環境を見る新しい目

2012年8月16日

 

 細胞内の分子の挙動を知るためには目的に適した分子プローブが必要だ。量子ドット(Quantum dot (QD))は半導体の微細粒子が蛍光を発することを利用し、工学的に作りだされたプローブだが近年生物学への応用も盛んだ。QDが注目されている理由は蛍光タンパク質などの他のプローブと比較すると高い蛍光強度が得られることと、退色が非常に遅いことである。したがって、QDを利用すれば生体分子の挙動を高感度で長時間追跡することが出来る。また、材料の種類(カドミウム、セレン、鉛など)や粒子サイズ(数nm〜20 nm)が変われば光学特性が変わるので、可視光から赤外領域にまたがる様々な発光波長を持つプローブを工学的に作ることができる。また励起波長領域が広く1つの励起光で同時に多数の色のQDを光らせることができるため、多色同時解析にも用いられている。

 

 これまでたとえばミオシンなど分子モーターをQDで標識し、動きを追跡する研究(分子トラッキング)が行われてきた。一方、QDの無機的性質を利用すれば、細胞質内の粘度など、細胞の一般的性質を計測することにも役立つと考えられる。QBiCナノバイオプローブ研究チーム(神隆チームリーダー)はQDをアルブミン(BSA)でコーティングすることで、細胞膜やオルガネラと非特異的な結合をしないプローブを開発した(Analitical Methods, July 2012の表紙)。HeLa細胞にBSA-QDを導入し、QDの細胞質内での挙動を蛍光相関分光法(FCS)を使って計測した。FCSでは細胞内の特定の微小空間における蛍光プローブのゆらぎを一分子レベルで経時的に計測することができる(図1)。これによってQDのその部位における拡散係数を求めることができる。またQDの形状はほぼ球体に近いので、ストークス・アインシュタインの方程式(微粒子の拡散係数が液体の粘度係数と粒子の半径に依存すること、つまり、粘度が高くなるほど、拡散速度が遅くなることを定式化した式)を適用して、拡散係数から細胞質の粘度を算出することが出来る。同様にポリエチレンイミンやグルタチオンなど他のコーティングを施したQDも作成したが、細胞膜への吸着などがあり、細胞質の特性を測定するためのプローブとしては不向きであることが分かった。

 

MetaBin Scheme

図1  レーザー光(緑)を使って生きた細胞の核内(1)、細胞質内(2〜4)および、対照として細胞外(5)の微小空間(破線の円柱)でのBSA-QD(赤玉) のゆらぎを経時的に計測することによって、それぞれの部位でのBSA-QDの拡散係数を算出することができる。

  FCSを使った測定から、BSA-QD には早い拡散運動と遅い拡散運動の2相性があることが分かった。細胞質中を自由に動き回っているBSA-QDと細胞骨格等に物理的にトラップされているBSA-QDがあることを示唆している。したがってQDのサイズを調整すれば、細胞内の微小環境に関する情報も得られる可能性がある。BSA-QDとFCSを使って得られた拡散係数と粘度の値はローダミングリーンでラベルしたDNAなどを使った従来の計測法と整合性のある値を示した。一方、BSA-QDがローダミングリーン-DNAと比べて有利な点はその形状だ。両プローブともサイズは同じ程度(BSA-QDが9.1nm ローダミングリーンーDNAが10.9 nm)だが、ローダミングリーン‐DNAが細長い特徴的な形をしているのに対し、BSA-QD はほぼ球体だ。「このことは、より正確な測定結果を得るためには非常に大事」と筆頭著者の中根優子は語る。「プローブのサイズも形も粘度測定の結果に影響を与える。QDのように球体の場合は、形の影響は考えずにサイズの効果だけを考えればよいので細胞内の真の状態により近づけると考えている。」

 

 特定の生体分子の挙動に注目した研究の重要性は言うまでもないが、一方、多種類の分子が集団として示す性質についての研究はこれまであまり行われてこなかった。細胞内は多くの分子が詰まっている、いわゆる分子混雑の状態にある。細胞内の機能分子の拡散を予測する上で分子混雑の影響は無視できない。細胞質の粘度は分子混雑を反映した物理量だと考えることが出来る。実際、分子の拡散と反応のシミュレーションを行う際に、粘度などの物理量は不可欠な情報だ。今後BSA-QDを使った測定法の緻密化が進み、これまで見えていなかった細胞内の環境を知る新しい方法論へと発展していくことが期待される。


  1. Yuko Nakane, Akira Sasaki, Masataka Kinjo and Takashi Jin. Anal. Methods, 2012, 4, 1903-1905