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工学と生化学の違いに戸惑いながら…

大学の研究室とQBiCとのの違いは他にもあります。それは、縦割り意識が強い大学の研究室に比べて、研究室を超えた横のつながりが強いこと。ただし、他の研究室の研究者は生化学系の出身が大半ですので、彼らと会話を交わすには、生化学関連の用語や基礎知識を補わねばなりませんでした。

「たとえば、単位からしてまるで違うんですよ。物理はSI使うんですが、生化学ではベースペア(塩基対)で測るんです」。

さらに、研究の進め方にも違いがありました。極端に言えば、工学は「理屈はわからなくても、出来れば完成」という世界ですが、生化学の世界では「わかる」ことが肝心。この両者をつなぎ、「つくることによって動的で複雑な生命現象を理解する」というやり方が、田中さんのユニットが所属する細胞デザインコアが目指すアプローチ法でもあるのです。

2013年春、田中さんのユニットは化学・生化学実験や医療診断に適したマイクロ流体チップに関する研究で、立て続けにリリースを出しました。最大の特徴は、すべてガラスで出来ていること。従来の樹脂製のマイクロチップに比べ、どんな溶媒・溶質中でも安定して動作するというメリットがあります。

「ガラスの加工法には、溶かしながら削っていくフッ酸エッチングや、磁場をかけて反応性が高くなったイオンやラジカルを利用するプラズマエッチングなど、いろいろな方法があるんです。それらを組み合わせて、新しいデバイスをつくることが私たちのミッションです。リリースや学会で発表するには、新規性や独創性の高い技術で注目していただくことが大事ですが、一方では、より多くの研究に役立ててもらえる汎用性の高さも大事で、両者をバランスよく兼ね備えた成果を出さねばと思っています」

たとえば、恩師である北森教授らとの共同研究により開発したマイクロ流体チップに使う小型電動バルブは、マイクロ流体チップ全体の小型化や応答の高速化に貢献するものとして注目されています。

「会議などで他の研究室の研究者と話していると、『ここの流路を途中で止めることはできないの?』など、やりたい実験をやれるようにするための改良点を指摘されます。口で言うほど、簡単じゃないんだけど…と思いつつも、議論活発で何でも言える理研の素晴らしさを感じています」

これから研究職を志す学生や若い研究者たちには、自由な発想が許される場で、視野を広げて研究に取り組んで欲しいと願っているそうです。

「研究者を志す人は、誰もつくっていないものをつくり、わらかないことを解明するという研究の本質が好きなんだと思います。さらに、その研究が何に役立つのかという出口が見えると、長く続けるモチベーションになるのではないでしょうか。若い頃は自分の専門分野にのめり込みがちですが、QBiCのような組織として若々しい職場なら、遠慮なく発言ができるし、活発な議論の中から新しい発想が生まれやすい。私も、自分の研究が生物の解明やガン治療など社会貢献につながるかもしれないという期待感を持っています」。

あまりにも研究生活が充実しているせいか、趣味やリフレッシュ法についてお尋ねしても、「私にとっては、研究こそがリフレッシュ」ときっぱり。その代わり、毎日「妻と約束しているので」と20時までには帰宅し、休日は家族との時間を優先するなど、オンとオフのめりはりはつけておられるご様子です。

「職場のムードはとても良いです。これから2、3年が、研究者としての正念場かもしれません」と、表情を引き締めた田中さん。自ら設計・デザインしたラボで、次はどんな研究成果を出してくださるのか、期待は高まるばかりです。

「小さいラボだからこそ、5年くらいでは抜かれることのないクオリティの研究を成果として発表していかねばなりません。簡単なことではないでしょうが、ご縁あって与えていただいたポジションを生かし、生化学の分野で使いやすく役立つものと、工学システムで作れるものとのギャップを、少しずつ埋めていければと思っています」