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大きな二つの成果は、定説を疑うことから始まった

岡田さんは、今までに大きな二つの研究において成功をおさめられました。それは、80年代に高精度の光学顕微鏡が発明され研究が急速に進化したこと、80年代中ごろにアメリカのグループがタンパク質のモーター分子のキネシンの動きについて発表したことでステージが整ったことが大いに影響していると彼は言います。

彼の成果の一つ目は、1995年から1998年にかけて行ったキネシンダイニンの細胞の中での動きについてでした。当時、分子モーターは二種類しかないと言われており、教科書にも載っているほどの通説でした。しかし、細胞の中で動いている様子を見た岡田さんは、「きっといろいろな種類のモータータンパク質で運ばれているはず」と確信していました。また、アメリカのグループが見つけたキネシンは二つの分子が一つのペアになり、まるで人が歩くように交互に動くと主張されていましたが、岡田さんは二個ペアではなく一個で十分じゃないかと考え、一個で動きそうな構造をしている新しい分子モーターを探しました。こうして見つけ出した新しい分子モーターは、神経細胞で記憶や学習に重要な役割を果たしていました。さらに、新しい顕微鏡法を開発することで、分子モーターが一個で動いているところを直接見ることに成功しました。こうして、それまでの二足歩行説を覆す、まったく新しい運動機構が実証されました。続いて、2000年には一個で動く分子モーターの結晶構造を解くことで、運動機構を原子レベルの分解能で見るという研究を、同じ廣川教授の研究室にいた先輩たちと開始します。

「結晶化の実験を教えてもらうべく、アメリカの某大学に先輩が行ったところ、たった2週間ほどでしたが結晶構造まで解いて帰ってきました。思えば、僕らはずっとタンパク質について研究しており、結晶を作るためのあらゆる予備実験がすべて終わった状態だったので、持って行って実験したら一発で結晶ができたのも当たり前。できた結晶を解析して、すぐに構造も解けたのです」

その後も約10年間発展しながら結晶の構造について研究は行われました。

もう一つの成果は、2004年から2005年に行ったカルタゲナー症候群と線毛・鞭毛についての発見です。きっかけは、研究室で、キネシン2についてノックアウトマウスを作って実験を行っていた大学院生に、何気なく訊いた「何かフェノタイプは出たかい?」という質問でした。院生の、「心臓が逆になっていた」という答えに、医学部で学んだ病気の中で、カルタゲナー症候群という遺伝病のことがふと頭に浮かびました。この病気の顕著な症状として、心臓が左右逆になる、慢性副鼻腔炎、男性不妊という三つが以前から知られていました。ただ、慢性副鼻腔炎と男性不妊はいずれも線毛・鞭毛の異常により起きるということで関係性はあると言われていましたが、線毛が動かないということと心臓が左右逆になるということがどう関係しているかは不明のまま約30年間放置されていました。一方、キネシン2は鞭毛や線毛を作るのに重要な役割を果たしており、そのノックアウトマウスの心臓が左右逆になるということで関連が浮かび上がってきたのです。そこで早速院生にプロジェクトの方向転換を勧め、一緒に研究を始めます。まず、マウスの胚で最初に左右を決めるのに重要な働きをしている原始結節に注目。そして、彼が蓄積してきた顕微鏡のノウハウを持って実際に見てみることを重ね、マウスの胎児を子宮から元気な状態で取り出して見てみると、原始結節の中でものすごい勢いで動く線毛を確認できました。さらに、線毛の動きにより、原始結節の上に水流ができ、右から左に水が流れていたのを目視できたのです。この流れが身体の左右の非対称性を生み出すもとだったことが分かった瞬間でした。30年間の疑問がこの研究により解明され、その業界の人たちには大きな驚きを与えました。