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分子モーター:ゆらぎを生かす運び屋

2013年 1月17日

機械の役割は同じ操作をひたすら繰り返すことだ。環境条件に影響を受けない方がよい。一方、生物分子機械は変わり続ける環境に適応し、どんな条件下でも適切に機能を発揮できなくてはならない。こうした柔軟性を実現するため、生体の分子機械は分子ゆらぎを利用するといわれている。しかし、実際にゆらぎがこのような現象にどれほど寄与しているのかはよくわかっていない。QBiC の細胞動態計測研究グループの最新の研究によって、ゆらぎが生物機械の柔軟性に果たす寄与はこれまで考えられていた以上に大きいことが明らかになってきた。

筋肉に代表されるように生物の持つ駆動装置はエネルギー変換効率が良く、加重の大きさやその急激な変動に対して柔軟かつ適応的に機能する。この機能に必須なのが分子モーターであるミオシンである。ミオシンは筋肉だけでなく、細胞内の小胞輸送などにも関わっている。長い腕のような形状をしたミオシンは化学エネルギーを使ってアクチン繊維をたぐり寄せる。その際、どのようにミオシンが働いているか、その分子メカニズムとして、いわゆるレバーアーム・スウィングによるメカニズムとブラウン運動による探索と捕捉のメカニズムが考えられている。レバーアーム・スウィングとはアクチンに結合したミオシンの頭部が文字通りスウィングすることによってアクチンをたぐり寄せる動きだ。この動きはミオシンの機能発揮には不可欠でその寄与は大きいと考えられてきた。しかし、レバーアーム・スウィングに必要なエネルギーと実際に筋肉の収縮によって発揮される仕事量を考慮するとレバーアーム・スウィングだけではすべてを説明できないこと、従って、何らかの別のメカニズムの寄与があることが長らく予想されていた。その有力な候補が、比較的最近観察されるようになったブラウン運動による探索と捕捉のメカニズムだ。

図1 DNAハンドルを介してミオシンVのモーター部位をビーズに結合し、光ピンセットで負荷をかける。

QBiC の研究グループは2つのメカニズムの寄与がどの程度あるかエネルギーのレベルを計測するための実験を考案した。まず、ミオシンVの2量体の片方のモーター部位(エンジンとなる部位)にDNAをナノサイズのひもとして結合する。このひもを光ピンセット技術を使って引っ張ることで、ミオシンのモーター部位に負荷をかけることが出来る。この時、ひもを結合する位置を尾部(小胞が結合する部位)ではなく、モーター部位にしたことで、レバーアームにかかった負荷を計測しつつ、ミオシンの動きを詳細にモニターすることが出来た(図1)。レバーアーム・スウィングによるサブステップとブラウン運動によるサブステップは幅が異なるので区別することができる。そこで、ミオシンが1ステップ進むのに必要なエネルギーとレバーアーム・スウィングに必要なエネルギーを反応速度から計算し、レバーアーム・スウィングの寄与がどの程度を占めるかを解析した。その結果、負荷が小さいときはレバーアーム・スウィングの寄与が大部分であるのに対し、負荷を大きくしていくと、レバーアーム・スウィングの寄与は減り、ブラウン運動の寄与が大部分になることが示された。言い換えれば、ミオシンVは周りの状況に応じて前進するメカニズムを切り替えていることになる(図2)。

ミオシンVで見られるこのような性質はナノ分子機械がいかにして、堅牢かつ柔軟に機能を発揮し、環境に適応しているかを説明できるかもしれない。たとえば高い粘度や、細胞骨格から受ける制約によって分子モーターに大きな負荷がかかった時には、分子モーターは素早くメカニズムを切り変えているのかも知れない。

多くのナノ分子機械の運動が同様な性質を示すが、残念ながら、ブラウン運動の寄与を確かめる実験は他の分子機械については行われていない。ミオシンVについては今回の方法を適用できたが、筆頭著者の藤田恵介によれば、これはむしろ幸運なケースだという。「ミオシンVの場合1ステップの長さが長く、レバーアームの長さも十分あるので、動きを詳細に計測できる。一方、もう一つの代表的分子モーターであるキネシンの場合には1ステップが8 nmしかなく、サブステップを検出するのは難しいため、サブステップの反応速度やエネルギーを計算することも難しい。また、分子モーターの研究でよく用いられる別種のミオシンであるミオシンVIの場合、ステップサイズが1通りでなく、今回の方法を適応する場合、実験結果の解釈が難しくなる。」

しかしながら、現時点で、実測が難しいケースでも、シミュレーションを応用すれば、ミオシンVにおいて、発見された理論が一般的であることを示すことが出来ると期待している。それによって、人工的にナノ分子機械の設計をする際の基礎にもなると考えている。

図2 分子モータは負荷が低い状況では主にレバーアーム・スウィングのメカニズムによって前進する。一方、負荷が高い状況では、ブラウン運動による探索と捕捉のメカニズムによって前進する。

  1. Keisuke Fujita, Mitsuhiro Iwaki, Atsuko H. Iwane, Lorenzo Marcucci & Toshio Yanagida Nature Communications 3, Article number: 956 (2012).