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Satya Arjunan: Laboratory for Biochemical Simulation

 

 2002年頃マレーシアで修士課程の学生だったサティア・アジュナンはインターネットで高橋恒一(現QBiC生化学シミュレーションチーム・チームリーダー)の進めていたオープンソースプロジェクトであるE-Cell プロジェクトを知った。当時、人工知能に興味を持つ工学系の学生だったサティアは修士課程の勉強の合間にネットワークを通じてE-Cell プロジェクトへも参加していた。Linux について詳しかったこと(E-Cell は Linux プログラムだ)をのぞけば、純粋に興味から加わったプロジェクトだったが「生物学については何も知らなかった」という。その後、高橋とメールでやり取りを始めた。当時、高橋は慶應義塾大学の博士課程の学生で、E-Cell プロジェクト を自身で立ち上げていた。たまたま学会で訪れた高橋とシンガポールで会うことができた。そこで日本の奨学金の情報を得て、日本で学ぶ決意をした。2003年3月 修士号を取得したのち日本へ渡り、すぐに研究を開始した。

 

 もともと、コンピューター工学の分野で学んできたサティアの興味は工学の知識と技術を生物学に生かすことだった。高橋のE-Cellプロジェクトは細胞内の分子の動きや反応をコンピューターシミュレーションを使って、再現しようと言うプロジェクトだ。高橋のパソコンの上で始まったプロジェクトは今や大型コンピューターによる並列処理を行うべき段階に来ていた。大型コンピューターによる並列処理はコンピューター工学が専門であったサティアが得意とする分野だ。しかし、プロジェクトを始めて間もなく指導者である高橋は博士号を取得し、すぐに、米国バークレー大学に留学した。当時、慶応義塾大学は鶴岡市に先端生命科学研究所を設立したばかりだった。サティアはそこに移り研究の方向も修正し、Spatiocyte(スペシオサイト) という新しいソフトウェアの開発をひとりで始めた。Spatiocyte はE-Cell プラットフォームと組み合わせて分子の移動と反応をシミュレーションするプログラムだ。髙橋とはメールを使って連絡を取り合った。

 

 マレーシア人の妻とは2007年に結婚したが、しばらくは日本とマレーシアで別居の生活が続いていた。2009年に博士号を取得。留学から戻った高橋のいる理化学研究所横浜研究所へ入所。2010年に妻を日本に呼び寄せた。2011年4月のQBiC 設立時に高橋とともに大阪のバイオ関連多目的研究施設(OLABB)で新しい研究チームをスタートさせた。妻は現在、大阪大学の大学院で細胞工学を学んでいる。学校に通い始めるまでは孤独を感じていた妻も、今は友達ができ、日本の生活にすっかりなじんだようだ。

Luncheon Seminar in QBiC

QBiC では異なる研究室のメンバーが集まって少人数のグループを作って、毎週勉強会を開いている。専門の異なる研究者同士の相互理解を深める試みだ。

 

 サティアは、慶應義塾大学にいた頃、理研横浜研究所にいた頃と比較しても今が、研究上、最も充実しているという。自身の専門を生物学に応用したいサティアにとって、隣の研究室に行けば生物学者がいるという環境は大きな助けだ。一分子イメージングを使って、神経軸索上の分子モーターの動きを研究している岡田康志(細胞極性統御研究チーム)との共同研究からは興味深い結果を得つつある。これまでのサティアの教科書的な生物学の理解では奇異に思えるシミュレーションの結果も、生物学者からみれば、知られた現象と一致するということもある。一方、サティアのシミュレーションは、一分子イメージング技術でも見ることの出来ない分子の振る舞いや相互作用を描いてみせることが出来る。非常に単純な分子の運動が非常に複雑な細胞機能を引き起こすことは生物学者にとっても驚きだ。サティアは正にQBiCが必要としている分野を超えた研究者になろうとしている。「日本での研究も生活も非常に充実している。これからも日本で研究を続けたい」とサティアは思っている。