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  ミオシンVIがバックステップを行う機構の解明


 ミオシンはアクチンフィラメント上を極性に沿って一定方向に運動する一 方で、確率的に進行方向と逆側にバックステップと呼ばれるステップを行います。微 小管上を運動する別の分子モーターであるキネシンではATP加水分解サイクルを伴ってバックステップを行う事が示されていますが、ミオシンのバックステッ プがどのような機構が起こるのかは分かっていません。
 私たちは、この『バックステップがどのようにして生み出されるか』という問題に対して、ミオシンVI の運動を全反射顕微鏡を用いて詳細に解析する事で取り組みました。ミオシンVIを用いたのは、他のミオシンファミリーであるミオシンVと比較して、ミオシ ンVIは高頻度でバックステップを行う事が知られているからです。

バックステップを含むミオシンVIのステップトレース







見た目のミオシンVIの速度定数
赤:ラージステップ, 青:スモールステップ, 緑: バックステップ

 左図は1分子イメージングの結果に基づいたATP濃度に対するラージステップ、スモールステップ及びバックステップのステップ速度変化です。ここで、 ラー ジステップとスモールステップは進行方向側へのフォーワードステップです。そしてバックステップは進行方向逆側へのステップです(Nishikawa et al. Cell 2010, Ikezaki et al. Small 2012)。

 一般に単量体の酵素に於いてATP濃度増加に対して、ステップ速度が変化する事は各ステップがATP結合とカップルして起きている事を意味します。しか し、ミオシンVIのように2量体を形成するタンパク分子に於いては、この予測は成り立ちません。

 ミオシンVIでは、前足によるバックステップと、後足によ るフォーワードステップ(ラージステップおよびスモールステップ)お互いに競合して起こる反応です。後足によるフォーワードステップが先に起きれば、前足 によ るバックステップは同時には起これませんし、逆もそうです。このような競合反応では、仮にフォーワードステップの速度定数をkfそ してバックステップの速度定数をkbとすると、計測による直接求められる見た 目の速度は、すべての反応においてkf+kbで 表されるのです。

 すなわち、左図では全ての種類のステップの速度定数がほぼ同じで、ATP濃度変化に伴って、変化しているように見えますが、これらはあくまで見た目の速 度定数であって、実際の各ステップの速度定数では、どうなっているかは分かりません。


 





 私達はATP濃度に対する各ステップ頻度の変化に着目する事で、ミオシンVIの見た目の速度定数から、実際の速度定数を数値解析による見積もりました (右図)。

 実際のフォーワードステップ(ラージステップ、スモールステップ)の速度定数は見た目の速度定数と同様にATP濃度増加に伴って、速度定数も増加してい ました(右図A)。

 一方で、実際のバックステップの速度定数はATP濃度と関係無く、一定の値を取りました(右図B)。

 これらの結果は、フォーワードステップはATP結合を伴って起きている事を意味していますが、一方でバックステップはATP結合を伴わずに自発的なアク チンフィラメントからのミオシン解離によって起きている事を意味しています。


(A)実際のフォワードステップのステップ速度
(B)実際のバックステップのステップ速度

バックステップ生成モデル
 




 左図が、今回の私達の計測から導きだしたミオシンVIがバックステップを生み出す機構のモデルです。

 ATP結合と関係無く自発的にアクチンフィラメントから解離したミオシン前足のヌクレオチド状態はADP状態もしくはノーヌクレオチド状態を取ると考え られます。どちらの状態でも、これらのヌクレオチド状態では、ミオシンはポストパワーストローク状態と呼ばれる状態をとり、前足のモーター部位(左図では 赤い三角)は解離した瞬間にレバーアームに対して180度回転した状態を取ることになります(左図(B))。元々結合していた状態から180度回転した状 態を取っている為に、もともと結合していた位置に再結合しにくい状態になっています。一方で、もう一方の後足が結合している付近のアクチンフィラメントに は非常に結合しやすい状態になっています。このアクチンとミオシンの位置関係によって、自発的に解離したミオシンの前足は、バックステップを生み出すのだ と考えられます(左図(C))。

 今回、明らかになったATP結合を伴わない自発的な解離によるバックス テップ発生機構は他のミオシン(例えば、ミオシンV)にも適用出来るモデルなので しょうか?私たちは、このモデルはミオシンファミリーに広く適用出来るモデルであると考えています。他の研究者によって、ミオシンVの前方の足も1秒に1 回程度の頻度で自発的な解離を行う事が示されており(Purcell et al. PNAS 2005)、またレーザートラップを用いて非常に強い力で進行方向逆側に引っ張るとATP結合と関係なく、ミオシンVがバックステップを行う事が示されて います。しかし、同じ機構で生み出されているなら、ミオシンVのとても低い頻度なバックステップは説明出来ないと感じるかもしれません。これは、ミオシンVがミオシンVIのような足揃え状態を取れない為だと考えられます。
 実際に現在進行中の研究課題として、ミオシンVのステップパターンがミオシンVIのステップパターンに類似した物になるように遺伝子工学的に 改変した変異体ミオシンVでは、ミオシンVI同様にバックステップの頻度が上昇する結果が得られています。

参考文献

K. Ikezaki, T. Komori*, T. Yanagida*. “Backward step of myosin-VI is generated by the spontaneous detachment of the leading head” PLoS One (2013)