現在進行中の研究


これまでの研究を拡張させて、現在では生体分子集合体レベルでのユニークな機能(例えば、外乱か らの適応・ロバストネス、柔軟性、省エネルギー性など)の発現原理の解明およびそのため のツール作りに取り組んでいます。
 
 ここでキラーテクノロジーとして用いているのがDNAorigamiと呼ばれる技術 です。DNAナノテクノロジーの草分けの一人であるハーバード大学のWilliam Shih氏と共同で行っています。DNAの プログラマブルなアセンブリー能を利用して、ナノからメソスケールの空間的なコントロールを可能にします。これらのテンプレートと蛋白質とを自己集合させ て思い通りの生体分子集合体を構築し、1分子計測技術を用いて、集合体の内部状態とシステム全体としての振る舞いを調べています。

 最終ゴールを分かりやすく、ナノバイオロボティクスと名付けましたが、DNAや蛋白質といった生 命の材料を用いて自己組織化生体システムをデザイン・制御することによって、既存の生命システムのデザ イン原理を理解するもしくはそのスピンオフとして新 たな機能を持ったシステムを構築するというのを目指しています。ロボティクスというと人工機械のイメージがありますが、むしろこれまでの研 究で明らかにし た生物分子機械のユニークな性質を持ったブラウン運動駆動型の分子機械群から構成されたシステムを想定しています。生命が単なる積木細工でない、直感を超える仕組みを見出すことを期待しています。

 ブラウン運動で駆動される分子機械(蛋白質)は無視できない構造、機能のゆらぎを内包し、同一のインプットに対してそのアウトプットが分子の内部状態に依存して変動する可能性 を持ちます。大 沢文夫先生はこれをルースカップリングという概念で提唱しました。このような性質を持つ素子(蛋白質分子の持つ個性)は、工学的な視点からは信頼で きないネガティブな印象を与えますが、生体システムにとっては、外乱に対する適応や柔軟性を獲得し信頼できる安定なシステムを実現するための性質としてポ ジティブに利用しているようにも見えます。不安定な要素から安定性を生みだす仕組みを合成生物学的なアプローチで理解しようとしています。

技術的には、上記DNAナノテクノロジーに加えて、先端1分子計測技術(1分子蛍光イメージング、レーザー暗視野イメージング、光ピンセット法など)の最適化、超解像イメージング(DNA-PAINT)、高速原子間力顕微鏡観察を駆使して研究を進めています。

具体的には以下のテーマを進行中です。

1.
超解像ナノ計測・分子システムのデザイン・シミュレーションを連動させた骨格筋・心臓のシステム生物物理

 骨格筋や心筋は進化の過程で最適化された厳密な単位構造(サルコメア)を持っています。30種類以上の蛋白質から構成され、多数 のミオシン分子や制御蛋白質が力場やカルシウム濃度に応答して協調的に機能していますが、どのように個々の蛋白質が連動して効率的な収縮・拍動、外力場へ の適応、ロバストネスを獲得しているのかは自明ではありません。本研究では、DNAオリガミを利用して、サルコメア内のミオシン分子の空間配置や分子数、 分子種が厳密にコントロールされたシステム(人工ミオシンフィラメント、人工サルコメア)をデザインしています。このアプローチには以下のメリットがあり ます。

(1) 進化の過程で得られた筋肉の空間配置の役割を実験的に検証可能
(2) システムサイズ(ミオシン個数)の影響を定量可能
(3) 病気を引き起こす変異型ミオシン、心筋α,βミオシンを混在させるなど生体内で想定されるヘテロなミオシン集団
     の解析が可能
(4) システム内の任意の位置に蛍光・光散乱プローブを複数種ラベルできるので、分子間の協調性を可視化
(5) ミオシン分子間の連結デザインを変えることでシステムに内在する熱ノイズの程度を変調可能
(6) 複雑なサルコメアを粗視化しモデル解析と密に連動させることで、筋収縮の本質的なアーキテクチャを理解

 また、ヒト骨格筋ミオシン(ミオシンII)に存在する6種類のアイソフォーム、心筋α,βミオシン、肥大型心筋症を引き起こす心筋ミオシン変異体を発 現・精製する系を新たに構築できたことで、生理的、病理的意義を持った分子システムのモデル系を作成できるようになりました。これらの得られたデータ心臓シミュレーターにフィードバックすることで、シミュレータの予測能力の向上や、分子・サルコメア動態と臓器動態との連関が議論できるようになります。

 このように、"単分子分解能での動態計測", "分子・細胞システムのデザイン", "階層をつないだシミュレーション"を連動させることによって、分子レベルから臓器レベルまでの動態をシームレスにつないだ理解を目指しています。そのために、現在はin vitro実験が主ですが、骨格筋細胞や心筋細胞を使ったin vivo実験の立ち上げや共同研究、心臓にX線をあててサルコメア動態を高解像度で計測する in situ実験との共同研究なども進めようとしています。



2. in vitro, in vivoでの力場イメージングセンサー開発

  新規開発した世界最小のナノサイズのバネ(ナノスプリング)および改良版を用いて、in vitro, in vivoにおける細胞骨格(アクチンフィラメント)や細胞膜、細胞間に加わる力をイメージングするセンサー開発に取り組んでいます。

3. in vitro, in vivoでの1分子計測用のDNAorigamiツール

  ナノスプリングを用いて力場の中での蛋白質分子動態を1分子レベルで解析する技術を開発しました(Iwaki et al., Nat. Commun., 2016)。従来の光ピンセット法+1 分子蛍光イメージングの光学系よりもシンプルかつ非常にスループットのいい系になります。従来の手法では制限があった1分子イメージング用プローブに制約 がなく(蛍光量子ドット、金ナノ粒子が使用可)、高速AFMや電子顕微鏡といった他の1分子解析技術との組み合わせも容易であり、力場の中での1分子観察 手法を大きく拡張しました。メカノバイオロジー研究への展開を進めています。
Nanospring experiment
   
 また、半導体量子ドットや金ナノ粒子の暗視野観察といった従来の1分子計測システムの他にDNAorigamiを組み合わせたイメージング手法の開発にも取り組んでいます。

4. DNAナノテクノロジーベースの超解像イメージング (DNA-PAINT)

  超解像イメージングの一種である蛍光分子局在化法(PALMなど)とDNAオリガミ技術を組み合わせて、わずか5 nmしか離れていない分子を識別する観察法を構築しました(参考:Dai et al., Nature Nanotech., 2016)。同じ局在化法での従来の超解像イメージング技術の解像度が20-30 nmですので、最高レベルの解像度を実現しています。一本鎖DNAを用いた色素の明滅キネティクス制御と、ドリフト補正のためのDNAオリガミドリフト マーカーがポイントとなります。レセプターのクラスター状態観察や筋細胞内のサルコメア構造観察などに応用を進めています。

DNA-PAINT Figure

5. セントラルドグマの1分子計測系のデザイン

  従来の静的な分子生物学の描像を補完するために、DNA合成やクロマチンダイナミクスの可視化と転写因子-DNA間の物理的なコミュニケー ション可視化を目標にしています。1塩基レベルでの解像度を目指しています。

6. システムの要素と全体を捉えるための方法論
   
  システムの階層間相互作用(上位階層(細胞など)の状態が下位階層(蛋白質など)のふるまいをどのように変調するか、またはその逆)を理解するための計測系の開発になります。

共同研究


1. 超解像顕微鏡用のものさし
SIM、STEDやSTORMといった超解像顕微鏡の性能評価用のナノメートルものさしを開発しました。(岡田康志様 (東大/理研QBiC)、中野明彦様(理研/東大)、株式会社ニコン様、平野泰弘様(阪大)、茅元司様(東大)に提供中)

. キネシン、ダイニン分子の多体化、外力場中での1分子動態計測
多体化用のDNAロッド、ナノスプリングを用いてキネシンの輸送機構や力発生機構の研究に利用していただいています。(富重道雄様(東大)、林久美子様(東北大)、須河光弘様(東大)、岡田康志様 (東大/理研QBiC)に提供中)

3. 1分子計測用プローブの時系列データからの分子運動およびポテンシャル場の推定
蛋白質にラベルした金ナノ粒子プローブの高速1分子観察データを基に、実際の分子運動およびポテンシャル場を推定する信頼性の高い手法の開発を行っております。
(深澤正彰様(阪大)との共同研究)

4. ライン光ピンセット法を用いた溶媒和構造の研究
(天野健一様(京大)との共同研究)